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東京地方裁判所 昭和50年(ワ)3871号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

【説明】

本件事故の概要は次のとおりである。

内田は、昭和二八年一〇月一日海上警備隊に入隊し、昭和四〇年五月当時は、海上自衛隊横須賀地方総監部第一駆潜隊に所属する駆潜艇「たか」(以下「たか」という。)に応急員(二等海曹)として乗組んでいた。

「たか」は、昭和四〇年五月一五日、黒船祭り協力のため静岡県下田港に入港した。内田は、同月一七日、「たか」乗組員訴外村上森衛三等海尉(以下、村上三尉という。)から係留地付近の海底調査のための事前訓練を命ぜられ、同港和歌の浦において潜水作業の訓練を実施中、同日午後二時頃潜水具を装着したまま水深約四メートルの海中で意識不明の状態で発見され、同僚により直ちに引揚げられて下田市一―一〇長田病院(院長長田喜彦)に収容されたが、同日午後六時三〇分頃右病院において、空気塞栓症のため死亡した。

【判旨】

二本件事故発生の原因について

1 <証拠>に弁論の全趣旨を併せ考えると、内田の死亡原因となつた空気塞栓症は、潜水中呼吸を止めたまま浮上したり、浮上の速度が排気中の泡の上昇速度より速い場合に発生し、重症の場合には仮死、虚脱状態に至るものであり、この場合には患者の回復は疑わしいこと、その予防法は浮上中呼吸を止めないこと及び急速に浮上しないことにつきること、右の空気塞栓症に関する知識は潜水教育を受けた者が当然知つていなければならない知識であることを認めることができ、他に右認定に反する証拠はない。

2 ところで、救出された際、内田は意識がなく、呼吸も停止していたので、村上三尉が吐水させようとしたところ、少量の食物が血液を混えて出てきただけで吐水しなかつたこと、続いて村上三尉が人工呼吸及びマツサージを施したところ、内田は呼吸を回復したことは当事者間に争いがないから、内田は潜水中呼吸を止めたまま浮上したか、浮上の速度が排気中の泡の上昇速度より速かつたかのいずれかの原因により、空気塞栓症に罹患し、その症状は極度に重態であつたと認めざるをえない。

3 そして、内田が昭和三〇年四月一日から同年九月一二日まで海上自衛隊術科学校普通科応急課程において、また、昭和三三年二月六日から同年六月三〇日まで同校高等科応急課程において、それぞれ潜水に関する基礎訓練を受けたことは当事者間に争いがなく、また<証拠>によると、村上三尉は、本件潜水作業訓練を開始する前に、内田に対し浮上するときは必ず息を吐きながら上つて来るように注意を与えたことを認めることができるから、内田は潜水中の浮上に関する基礎的注意義務を怠り、そのため重症の空気塞栓症に罹患したものといわざるをえない。

三被告の安全配慮義務に基づく責任について

1 まず被告が内田に対して本件潜水訓練を実施するために必要にして十分な潜水教育を施したかどうかにつき検討するに、内田の経歴及び本件潜水訓練に至る経緯に関する事実欄二3(一)の事実は当事者間に争いがなく、また、<証拠>及び弁論の全趣旨を総合すると、内田は潜水に関し、海上自衛隊術科学校普通科応急課程において二一時間、同校高等科応急課程において一四時間の教育を受け、右教育により一〇メートル位の深さまでは潜水することができるようになつていたこと、本件事故当目の天候は晴れで、訓練現場の海水は透明であり、また波もさほどなかつたこと、内田が潜水訓練を実施した海面の深度は約四メートルであつたこと(この事実は当事者間に争いがない。)本件潜水訓練は内田が海中において作業ができるかどうかを確認することを目的としたことが認められ、右の如き程度の潜水を実施させるには、右の程度の潜水教育で十分であると認めるのが相当であるから、被告には、内田に対する潜水教育の実施につき安全配慮義務の懈怠があつたと認めることはできない。

2 また、前記二で認定したように、本件事故発生の原因は、内田が潜水中呼吸を止めたまま浮上したか、浮上の速度が急速であつたかのいずれかにあると認めるべき反面、<証拠>によれば、本件潜水訓練実施前、内田は点検要領に従つて潜水具の点検をしたが異常がなかつたし、事故後の調査においても異常は発見されなかつたことが認められるから、潜水具の管理について被告が安全配慮義務を懈怠したと認めることはできない。

3 さらに、本件潜水訓練の実施に当つて、被告に、他の潜水熟練者を内田とともに潜水させてその安全を監視させるべき安全配慮義務の違反があつたかどうかにつき検討する。

本件潜水訓練の現場指揮官である村上三尉が、重三曹に素潜りの準備をさせて岩場に待機させただけで、同三尉他三名の隊員は陸上から海面を眺めていたこと、村上三尉と重三曹が内田を海底から岩場に引き揚げたことは当事者間に争いがなく、<証拠>を総合すると、重三曹の待機していた岩場と内田の潜没した海面との距離は三ないし四メートル位であり、村上三尉らのいた場所と内田の潜没した海面との距離は約一〇メートル位であること、村上三尉は、海面に出る気泡の異常を認めると直ちに重三曹に対し内田の救助を命じ、自分も飛びこんで救助に向かつたこと、村上三尉が事故発生を察知してから内田を救出し、停止していた内田の呼吸を回復させるまでに要した時間は約三分ないし四分であつたこと、重三曹は素潜りが得意で一五メートル位もぐつた経験があることを認めることができ、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

右事実によれば、本件の程度の潜水訓練にあたつて村上三尉のとつた救助体制は相当であり、しかも内田の海底からの救助に要した時間が、他に潜水者がいた場合に比較してそれほど遅れたとはいえないから、被告にこの点についての安全配慮義務の違反があつたとは認められない。

4 次に、内田を救出した後の治療処置につき、再圧治療を受けさせなかつたことが被告の安全配慮義務違反となるかどうかを検討する。

前記のとおり、救出された際の内田は意識がなく、呼吸も停止しており、村上三尉が吐水させようとしたところ、少量の食物が血液を混えて出てきただけで吐水しなかつたほど重症であり、<証拠>によると、村上三尉は空気塞栓症に罹かつた者は直ちに再圧室に入れて再圧治療をする必要があることを知つており、内田の前記症状を見て一応空気塞栓症ではないかと疑つたが、しかし、内田に対して直ちに人工呼吸を施したところ、同人の呼吸が回復したので、可及的速やかに医師の診断、指示を仰ぐ必要があると判断したこと、そこで事故現場から最も近くて大きい病院に内田を搬送するように指示し、その結果、内田は事故後一時間足らずで長田病院に収容され、同病院の長田医師の処置をうけたこと、当時、最寄りの再圧室は米軍横須賀基地内に設置されていたが、まもなくして内田の意識が回復し冗談まじりの隻語も出るようになり、村上三尉は、長田医師から翌日横須賀へ連れて帰ればよい旨及び念のため潜水病の専門医である国立湊病院の前田医師の往診を依頼する旨告げられたため、長田病院で同医師の措置に任かせたことを認めることができる。

以上の事実関係からみれば、村上三尉が内田の症状からみて一応空気塞栓症ではないかとの疑念を抱いたとしても、直ちに再圧室が装備されている医療施設へ搬送することをせず、ひとまず最寄りの医師の診断を仰ぐべく長田病院に直行したことは、当時の緊急事態のもとでは、首肯するに足りる措置であり、しかも、同病院での経過からみて、直ちに前記のごとき医療施設に転送すべきものと判断すべき事情になかつたものというべきであるから、村上三尉に原告主張のような安全配慮義務に違反する措置があつたものとはいいがたく、むしろ、前記状況にあつた内田を再圧室に搬送するゆとりがあつたことをうかがわせるに足りる証拠もない以上、村上三尉が内田に対してとつた救護措置は、職務遂行につき必要かつ十分な安全配慮を尽したものというべきである。

(西山俊彦 遠藤賢治 谷口幸博)

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